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東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)125号 判決 1976年1月28日

原告 株式会社サン海苔

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四十九年六月十七日、同庁昭和四四年審判第五三九一号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

(審決の成立―特許庁における手続)

一  原告は、「サン海苔」の文字を横書してなる商標(別紙参照)につき、昭和四十二年十一月十五日、商標法施行令第一条別表第三十二類のり、干しのり、焼きのりを指定商品として発録出願をしたが、昭和四十四年四月二十五日拒絶査定を受けたので、同年七月二日審判を請求した(特許庁昭和四四年審判第五三九一号事件)ところ、特許庁は昭和四十九年六月十七日その審判の請求は成り立たない旨、本訴請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は同年八月五日原告に送達された。

(審決の理由)

二  そして、右審決は、本願商標の構成、指定商品及び出願について前項のとおり認めたうえ、次のように要約される理由を示した。

登録第六七九八七号商標(以下、「引用商標」という。)は、太陽の図形を大きく描き、その上部に「太陽」の漢字を、下部に「RISING SUN」の欧文字を横書して成り、旧商標法(明治四十二年法律第二十五号をいう。)第十五条、同法施行細則改正(明治四十二年農商務省令第四十四号をいう。)第二十条第四十五類罐詰及他類に属せざる食料品、加味品一切(但し、芥子、胡椒、カレー粉、鳥獣・魚貝・蔬菜の罐詰、含窒素澱粉、滋養食糧品を除く。)を指定商品として大正二年十二月六日登録出願、大正三年九月十八日登録がされ、昭和九年二月十四日及び昭和二十九年三月三十一日順次その存続期間更新の登録がされたものであるが、これを本願商標と比べると、外観上差異がある。しかし、本願商標は、これを構成する「サン海苔」の文字に応じて、「サン海苔」の称呼、観念を生じるにしても、その構成中、後半の「海苔」の文字は商品の普通名称であつて、自他商品の識別機能を有するのは前半の「サン」の片仮名文字の部分にあるといわなければならないところ、片仮名文字「サン」は太陽の意味を有する英語(SUN)を仮名書したものとして一般世人に容易に理解され認識されるものである(「サン」の語は、例えばサングラス、サンルーム等のように、日常日本語同様に使用され、親しみが深い。)から、本願商標からは「サン」の称呼、観念(太陽)をも生じることが明らかであり、他方、引用商標からはこれを構成する「太陽」の文字によつて「タイヨウ」の称呼、観念(太陽)を生じる。してみれば、本願商標は、引用商標と、観念(太陽)を同じくする類似の商標たるを免れず、指定商品を同一にする以上、商標法第四条第一項第十一号の規定に該当し、その登録を受けることができない。

(審決の取消事由)

三  右審決の理由において、本願商標の構成中、後半の「海苔」の文字が商品の普通名称であつて、前半の「サン」の片仮名文字の部分が自他商品の識別機能を有するとした認定及び引用商標の構成(ただし太陽の図形を大きく描いたとの点を除く。)、指定商品、登録出願、登録、存続期間の更新の認定並びに右両商標の指定商品が同一であるとした認定は争わない。しかし、右審決が右両商標についてなした類否の判断は下記の理由で誤りであるというべく、これに基づき本願商標をもつて登録を受けることができないとした右審決は違法であつて取消されるべきである。

(一)  本願商標及び引用商標はいずれもそれから「太陽」の観念を生じるものではない。すなわち、本願商標中「サン」は、これを英単語「SUN」の仮名書とみても、サングラス、サンルームのように、「グラス」、「ルーム」などの名詞が伴わなければ「太陽」という意味にはうけとられないので、右審決の認定するように、それ自体「太陽」の意味を有する外来語として日本語同様に親しまれているとはいい難く、まして、これと発音記号(SN)を同じくする英単語としては、わが国の初級の英語テキストに必ず出てくる最も基本的で平凡な単語の一つである「SON」(むすこ)があり、また「サン」と発音される基本的で平凡な日本語として「三」、「賛」、「讃」などもあるのであるから、右商標を構成する「サン」をもつて英単語の「SUN」の仮名書であると断定するのは極めて不当である。そのうえ、本願商標の「サン海苔」は片仮名「サン」と漢字「海苔」とを組合せたものであるが、その指定商品「海苔」は密封した容器に入れて乾燥を保てば長期間品質が落ちないのに、湿気、太陽などにさらすと変色して、品質が落ち、また、その味が出るのは一、二月頃採取のものであり、夏の太陽の輝く頃にはすでに海中にもみられないから、海苔の取引者、需要者が本願商標の「サン海苔」から「太陽」を観念する必然性はなく、海苔が最も忌み嫌う「太陽」の意味を直感することもないのである。一方、引用商標は、円形に射光を配した日の出の図形及びその下部の「RISING SUN」の欧文字を構成の一部とするが、その部分から、「日の出」印又は「朝日」印の商標として一般世人に認識されるところであつて、昇る太陽を意味する「日の出」、「朝日」は太陽それ自体と観念において異なるものである。

(二)  次に、商標の類否は対比される商標が同一又は類似の商品に使用された場合商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがあるかないかによつて決すべく、それにはそのような商品に使用された商標がその外観、称呼、観念によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであるが、本願商標と引用商標とは外観及び呼称において全く相違するから、両商標を全体からみて類似すると解すべきではない。

(三)  また、商標の外観、称呼又は観念の類似は、その商標を使用した商品につき、出所の誤認、混同を生じるおそれのあることを推測させる一応の基準にすぎないから、その商品の取引の実情によつてその出所に誤認、混同を招来するおそれを認め難い場合には、他の商標との観念の類否を問題にすることなく、両者は非類似であるというべきである。ところが、本願商標の指定商品「海苔」は、生産者名を、卸の段階ではたとえば、株式会社白子の製品は「白子さん」、原告の製品は「サン海苔さん」などと呼称し、小売の段階ではたとえば、株式会社白子の製品は「白子のり」、株式会社山本山の製品は「山本山のり」、浦島海苔株式会社の製品は「浦島海苔」、株式会社山本海苔店の製品は「山本海苔」、原告の製品は「サン海苔」などと呼称し、これによつて取引されているのが業界の実情であつて、その商標から生じる観念だけで商標を識別しこれによつて商品の出所、品質を認識して取引されてはいないから、本願商標はその指定商品の出所につき引用商標のそれと誤認、混同されるおそれはない。まして、引用商標は現在その指定商品の「海苔」には使用されていないのであつてみれば、なおさらである。

(四)  被告は、引用商標が現に指定商品「海苔」に使用されているか否かは商標法第四条第一項第十一号の規定の適用に関係はない旨主張するが、右規定の趣旨は、同一又は類似の標章につき重複した権利が存在することにより需要者が商品の出所を誤認、混同する事態の発生を防止するにあるから、その適用の当否を判断するには当然引用商標不使用の事実を勘案すべきものである。

第三答弁

被告指定代理人は、請求の原因について次のとおり述べた。

一  原告主張事実中、審決の成立にいたる特許庁における手続、審決の理由、本願商標及び引用商標の構成(ただし、引用商標において太陽の図形が大きく描いてあるとの点を除く。)、指定商品、登録出願並びに引用商標の登録、存続期間更新に関する事実は認める。

二  しかし、右審決は、事実認定ないし判断において正当であつて、原告主張の理由により違法とされるいわれはない。すなわち、

(一)  本願商標の構成中、後半の「海苔」が商品の普通名称であつて、前半の「サン」の片仮名文字の部分が自他商品の識別機能を有することは右審決認定のとおりであるが、わが国においては本願商標のように片仮名文字と漢字より成る商標の場合、その片仮名文字がなんらかの意味を有する外国語の字音を表すことが極めて多い。そして、「サン」の文字は英語の「SUN」の字音を表し、「太陽」の意味を有する本来語として日本語同様、世人に親しまれているため、本願商標に接する多くの取引者、需要者は本願商標における「サン」の文字を英語の「SUN」に由来するものとして理解し認識することになるから、本願商標からは「太陽」の観念をも生じる。一方、引用商標においてその上部に書かれている「太陽」の文字はそれだけでも十分に自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものであり、また中央に画かれた図形は日章の光源から十六条の光線を放射させて太陽を象徴させたものであつて、日の出、朝日などを表したものというより、太陽自体を表したものとして強く認識されるから、引用商標からは「太陽」の観念をも生じる。

(二)  そして、商標の類否は、比較される商標の外観、称呼及び観念のいずれかにおいて共通のものがあるかないかによつて決せられ、これがあれば、他に別異の部分があつてもこれを類似のものと判断するのは当然である。

(三)  また、本願商標の指定商品「海苔」については、構成上、生産者名又は取扱者名と関連性のない商標、たとえば、株式会社山本海苔店の焼海苔、乾海苔における「」・「梅の友」・「梅の花」、株式会社丸一の焼海苔における「浜乙女」、町田産業株式会社東京支店の海苔における「のれんの図にの記号」・「のれんの図にヤマニの文字」などが使用されることが少なくなく、取引者、需要者はこれらの商標に留意し、商品の出所を見分けて取引しているのが実情である。なお、原告が小売の場合呼称されるとして挙示する「白子のり」、「山本山のり」、「浦島海苔」、「山本のり」などは、生産者等の商号と一致する部分があるが、それとは関係なく、商標そのものであり、これが使用される商品の「海苔」については、その商品との関係において、構成上の要部と認められる「白子」、「山本山」、「浦島」、「山本」などの文字部分によつて、出所を認識して取引されているのであつて、生産者等の呼称によつて取引されているわけではない。そしてまた、商品の「海苔」についても、ある商標が意味内容(観念)を有する文字又は図形より成るとき、その意味内容(観念)によつて商標を記憶し、これによつて取引する場合のあることは他の商品と異ならない。なお、原告の製品が「サン海苔さん」又は「サン海苔」と呼称し、これによつて取引されているのが業界の実情であることは否認する。

(四)  さような次第で、本願商標及び引用商標は、これから、ともに「太陽」の観念を生じるから、類似の商標であるというべく、指定商品を同じくする以外、商標法第四条第一項第十一号の規定に該当するとした右審決の判断に誤りはない。

原告は、引用商標が現在その指定商品の「海苔」に使用されていないとして、本願商標がその指定商品の「海苔」の出所について他と誤認、混同されるおそれはない旨を主張するが、商標法第四条第一項第十一号の規定は、先願かつ先登録の商標と抵触する商標の登録を拒絶する旨を規定したものであつて、登録主義を採るわが国の商標法においては、引用商標が登録されたものである以上、その使用の有無とは関係なく適用されるべきものである。

第四証拠関係<省略>

理由

一  前掲請求の原因のうち、審決の成立にいたる特許庁における手続、審決の理由、本願商標及び引用商標の構成(ただし、引用商標において太陽の図形が大きく描いてあるとの点を除く。)、指定商品、登録出願並びに引用商標の登録期間更新に関する事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、右審決の取消事由の有無について判断する。

(一)  本願商標の構成中、後半の「海苔」の文字が商品の普通名称であり、前半の「サン」の片仮名文字の部分が自他商品の識別機能を有することは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一ないし三(いずれも辞典)に「サン」の語義として「太陽」の記載があることにわが国における英語普及の度合いを考え併せると、「サン」の語は、英語の「SUN」に由来し、「太陽」の意味を有する日本語(外来語)の名詞として、一般世人に容易に理解されるものであることが認められ、甲第八号証の一ないし六、同第九号証の一ないし三(いずれも辞典)に「サン」が太陽の意味を有する旨の記載がないことだけでは右認定を左右するに足りず、また原告主張のように「サン」が「グラス」、「ルーム」の名詞を伴わなければ「太陽」の意味には受け取られないものと認むべき証拠はない。したがって、本願商標からは「太陽」の観念をも生じるものと認めるのが相当である。もつとも、「サン」の語は、原告のいうように、英単語の「SON」(息子)、日本語の「三」、「賛」、「讃」などの仮名書きとみる余地もあるが、これがため右認定が覆るものではない。原告は、本願商標の指定商品「海苔」の太陽に親しまない性質からして、その取引者、需要者が本願商標中の「サン」から「太陽」を観念し又は直感することはない旨を主張するが、仮に海苔が太陽に親しまない性質を有するとしても、海苔の取引者、需要者がその点の知識のため、本願商標の「サン」の意味から特に「太陽」を疎外するほどの事情とは認めることができない。

一方、引用商標は、円形の光源からほぼ等しい幅と広がりをもつ十六条の光線をほぼ等間隔かつ等距離に放射させ、全体の輪廓が丸形になるように描き、太陽を象徴するものと認められる図形と、その上部に「太陽」の漢字を、下部に「RISING SUN」の欧文字をそれぞれ横書して成るものであるから、引用商標からは「太陽」の観念を生じるものと認めるのが相当である。原告は、引用商標が右図形及び欧文字から、太陽それ自体と観念の異なる「日の出」又は「朝日」の標章として認識される旨を主張するが、にわかに左袒することができない。

(二)  してみると、本願商標は、引用商標と、「太陽」という同一の観念を生じる点において、類似するものというべきである。原告は、本願商標と引用商標とは外観及び称呼において全く異なり商標全体からみれば商品の出所につき誤認混同を起こすおそれがないから、類似するといえない旨を主張する。なるほど、商標の類否は、原告のいうように、対比される商標が同一又は類似の商品に使用された場合、商品の出所につき誤認、混同を生じるおそれがあるかないかによつて決すべきであるが、取引の実際においては、商標から生じる外観、称呼又は観念のいずれかによつて取引されることも想定されるから、そのいずれか一つ以上において紛らわしいときは、取引者、需要者をしてそれらの商品の出所につき誤認、混同させるおそれがないものではないところ、本願商標と引用商標とは、それから生じる観念を同じくする以上、外観及び称呼が全く異なるからといつて、それだけで類似しないということはできない。

(三)  次に、原告は、本願商標の指定商品「海苔」は卸及び小売の段階とも生産者名を呼称し、これによつて取引され、その商標から生じる観念によつて商品の出所、品質を認識して取引されてはいないのが業界の実情であるから、本願商標と引用商標とは商品の出所につき誤認、混同を生じるおそれがない旨を主張し、原告主張の写真たることに争いのない甲第五号証の一、第六号証、第十三号証の一ないし三、成立に争いのない甲第七号証によれば、海苔の販売店の看板、広告、包装袋、容器などに生産者名が使用されている例のあることを認めることができるが、成立に争いのない乙第四号証の二、被告主張のものであることに争いのない検乙第一ないし第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、海苔の容器、包装紙などにはその生産者名そのものと異る文字、記号又は図形もしくはそれらの組合せによつて成る標章が使用されている例もあることを認めることができ、その場合、一般の取引者、需要者がこれによつて取引することになるのは見易いところであるから、観念を同じくする本願商標と引用商標とが海苔の出所について誤認、混同を起こすおそれが全くないとはいい切れないから、原告の主張は採用することができない。

(四)  また、原告は引用商標が現在、海苔に使用されていないとして本願商標と海苔の出所につき誤認、混同を生じるおそれはない旨を主張するが、仮に引用商標が現在海苔に使用されていないとしても、将来引用商標が使用されないとは限らず、その場合、本願商標との間に海苔の出所につき誤認、混同を生じることがありうる以上、引用商標の存在はなお本願商標の登録を拒絶する理由とするに足りるから、商標法第四条第一項第十一号の規定の適用を妨げないものというべきである。同規定に関する原告の解釈は、独自の見解であつて、採用することができない。

(五)  以上の次第で、右審決が本願商標をもつて引用商標と類似するとして、その登録を拒絶すべきものとした判断は正当であつて、右審決に原告主張の違法はないといわざるを得ない。

三  よつて、右審決の違法を主張して、その取消を求める原告の本訴請求を理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎 中川哲男 秋吉稔弘)

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